途夢風情感

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CLOSING TIME(and ALL THAT JAZZ)

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☆私と自由が丘〜スタートの御挨拶〜[2007年2月20日付]
http://jiyugaoka.areablog.jp/blog/1000001060/p10012785c.html


《CLOSING TIME:編集後記》

このブログのクロージング・タイム、そして、2000年1月14日からネット上で用いてきた「途夢○待人」という名との訣別。それに相応しい文章がぎりぎりまで浮かんでこなかった。
どの写真を添えるかを先に考えることにした。
過去にケータイで撮った写真の中から選ぶつもりでいたが、たまたま同時期に整理していたアナログ(フィルム)カメラの現像写真の中に面白い一枚を見つけた。
ブログのクロージング・カウントダウンが始まった数ヶ月前から、若かりしトム・ウェイツの写真(※)を記事に添え続けていたが、挑発的に空の両手をこちらに拡げて向けるその姿に類似する私自身の姿が出てきた(※1999年5月に発刊されたギターマガジン特別編集、リットーミュージック刊『LOST and FOUND vol.2』、トム・ウェイツ大特集号の中に収められた一枚。1981年、ロンドン滞在中の姿。Adrian Bootによる撮影)。
1995年のハロウィンの夜に馴染みの酒場で撮った一枚で、30代半ばの私は友人達の一番前に躍り出て、トム同様に両手を拡げて、腰を低くしての身構えたポージングをしている。頭の上にハットがあるが、これは自前ではなく、仮装パーティー中の店内に入ってすぐに手渡された山高帽で、この後にチョビ髭をつけられ、目の周りにメイクを施され、黒いジャケットを羽織って、私は喜劇王チャップリンと化したのだった。
この年の1月半ば、我が国では阪神淡路大震災という未曾有の災禍があった。
30代前半に、生涯のソウルメイトと思っていた女性との別離に端を発し、人生の全てを失ってしまった。夢さえも無くし、生きる力も意味さえも逸し、絶望を引きずるだけの日々。唯一の取り柄となった書く能力も気力もなかった。
その中でのあの「1・17」だった。
眠れぬ夜を何日も過ごしていた早朝にTV画面に映し出された光景。
私は、何の迷いもなく動き出していた。取材を通して知り合った問屋をあたり、食料二種と生活必需品二種を大量に入手し、両手に大きなバッグ4個、背にリュックという出で立ちで新幹線に乗り込んでいた。行けるところまで行き、途中からは自転車を購入し、ひたすら震災地を目指した。顧みればかなりの無謀だったが、車道の大混乱をよそに、見知らぬ関西の地の闇を自転車は走り続けた。被災地に着いたのは本震から24時間以内の深夜のことだった。
その数日間に私がどう動いたかについてはこの場では省くけれども、徒労の中の帰途で、こんな何も持たざる者と化してしまった私にも世の中に対して何か出来ることがまだあるはず。その為には、私自身が再び生の喜びを見出だせる人生を取り戻さねば。
そんな気持ちを徐々に取り戻していったのがあの1995年という年だった。
完全に立ち直った、自分の人生を取り戻したと思えるまでには、90年代末まで、30代後半いっぱいを費やしたのだが、1995年ハロウィンの件の写真はそんな途上の私の姿を映し出した一枚だと思う(その一年前はこんな表情や身体表現など、とてもとても)。
阪神淡路大震災から5年後の2000年1月半ば、私は再び神戸の地にいた。
徐々に復興が進む街で、今度は己れの在るべき姿を再び取り戻した物書き、そして、私という人間として。
大変な災禍に遭った方々の生きる姿を目の当たりにして、5年後の1月17日の帰途、新幹線の中で、私自身の「アクト」の渇望が更に滾ってきた。
そうして、神戸に向かう前の2000年1月14日にスタートさせた「途夢♪待人」名義のジャズ・サイト【ALL THAT JAZZ】に続いて、日付が替わる前の17日の内に起ち上げたのが、「途夢☆待人」名義のサイト【ワン・フロム・ザ・ハート】だったのである。
私の第二の人生のスタートの手懸りともなった阪神淡路大震災は、インターネット上における「途夢○待人」という存在の誕生のきっかけにもなったと言える(【ワン・フロム …】内日記スペースの開始時は妙にテンションが高く、今日とは筆致も全く異なるので、我ながら笑える)。
そして、時経て2011年3月11日に起きた、戦後最大の国難と表現して差し支えないであろう、東日本大震災。
この体験を機に、このブログ【途夢風情感】の更新を終わらせ、そして、インターネット上における「途夢○待人」という存在を我が手でリタイアさせるのも運命かなとも思っている。
12年8ヶ月という年月の内に、自らが、いつの間にか背負い込んでしまった「途夢○待人」という「呪縛」から解放され、第3の人生、元のアナログ・スタイル、本来のコミュニケーション・ライフへと回帰出来るのは、残りの人生を見据えた時、私個人にとってやはり幸福で賢明な判断なのだと認識している。

2011年5月の誕生日の朝で終わらせるべきところを、未練がましく、「猶予期間」をいただいた。
「や〜めた!」と背を向けることは訳なかった。
だが、私の中の何かがそうさせなかった。「3・11」後のアクト及び(生死の境をさ迷った)私自身の大病患い(2011年夏)の体験も影響したであろう。
このブログ【途夢風情感】が5年後や10年後の次代、あるいは30年後や50年後の未来人に読んでもらえたならそれはどんなに素敵なことだろうと思った。
少なくとも、精神性においては、時代を超えて読んでもらえるようなクオリティを心掛け、維持してきたと自負している。
それが自得だけに留まらぬよう、この自由が丘ブログ【途夢風情感】の日々(2007年2月20日〜2011年5月17日)を省み、各々の誤字等をチェックしつつ、再び向き合う時間をいただいた次第(誤字等はまだ残っているが、そこは「人間味」として消化してもらえれば)。
今は、やり遂げた感がある。

各サイト時代を含め、同時代を歩んで来られた方に折々で再読していただける機会があれば、それは物書きとしての至上の喜びでもある。
また、「こういう男の人がいるよ」と次代に勧めて下さる可能性も密かに期している。その時には過去形の「いたよ」ではなく、「今もこの国の同じ時代を生きているよ」という進行形であってくれたらと望む。

若い時分から突っ走って来たから、心身に相当に無理を強いてきた。医者達が口にする「タフな人だ」に単純に気を良くしてしまうお調子者でもある。
いつからか、日本人男性の平均寿命程は生きられまいと見定めてはいたが、専門家達の所見によると、「その時」は素人考えの私の見定めよりもどうやら少しばかり早まりそうだ。
特別なことではない。
誰の身にも、やがては平等に、起こりうること。
この今現在は冷静に受け止めている。

ブログ【途夢風情感】の中に私の精神は生き続ける。
それは、例えこの国及びその人々がどんな風に変貌しようとも、決して風化しないものと固く信じて疑わない。
これは物書きとしての矜持であり、一個の人間としての質朴な心魂でもある。
これからも、共に生きる者として、私はこの場で貴方に語り続けている。
そのことは覚えていて欲しい。

写真に話を戻そう。
この最後の記事に相応しいものをと思い、選んだ3枚の写真。
1枚目は、トム・ウェイツの記念すべきデビュー・アルバム『CLOSING TIME』(1973)に、前述の彼の写真&私の写真、そして、これまでの様々な局面で私を和ませてくれたブヒ子さん(舞妃鈴琴)&ラッキー嬢(山野楽喜)の我が「PIG LADY」達も添えて、大団円に相応しいものとした。
2枚目は、かなり悩んだが、敢えてコレにした。掟破りの反則技ではあるが、舞台役者時代(25歳後半程)の私(決して、時代遅れの5人組アイドル・ユニットではありません)。1枚だけでは、何やら湿っぽい場面を連想してしまうので、当時、ミュージカルのオーディション用に(ラケットボールに熱中したスポーツクラブのコート内で)女性カメラマンに200枚程撮ってもらった中から選んでみました(無修正)。オーディションに用いたのは他の写真だったと思うし、もっと良く撮れているものもあるかもしれないけれども、齢重ねた私が今見て「私らしいなぁ」と思うものを選んでみた。この顔で自由が丘の街と共に生き、齢重ねて、中年になってから、このブログを書き始めました。この確かな眼差しで、インターネット上に綴ってきたことをわかって欲しくて(若い方は、灯火を挑ぐものであろうが挑発的であろうが、「眼差し」がないと。国の活力も生まれません)。
3枚目の写真は、2009年5月、節目の誕生日の翌日に自由が丘の南口、九品仏川緑道のベンチで撮った一枚。2枚目の写真の青年が齢重ねて中年となり、些かくたびれた顔を想像していただけたらと思います。

私自身は、これからも自由が丘の街で生きていく。掌世界にばかり目を向けてばかりで今という時を尊重出来ない女のコ達にも道を譲るだろうし、馴染みのBARでお気に入りの一杯を飲るだろうし、あるいは、(3枚目の写真のように)緑道のベンチで一人屋外ワインを楽しむだろう。
瞬間、あなたと目が合い、あなたは「もしかしたら、途夢さんですか?」と尋ねられるかもしれない。
さて、私はどうするか。おそらく、「いいえ」と首を横に振るかな。
でも、次の瞬間、ハットのブリムに手を添えて微笑んだり、「それ、お好きなんですか?」とあなたの目の前の1杯を指したり、空のグラスを差し出して「よろしければ…」とワインを勧めたりした時には、心謐かに悟って欲しい。
私は、それが、それこそがコミュニケーションの原点だと思うし、実際には、そこから何もかもが始まるものだと思っている。
その世界に還るだけのことなのだ。

いつか、夢の途(みち)で逢いましょう。その時の柔らかな笑みと潤いを、私は待つ人です。


今まで、本当にありがとうございました。


皆様、ごきげんよう。

そして、ごきげんよう、(私の中の)途夢b待人。


−ボギーと私がこよなく愛する女性ベティ(ローレン・バコール)の誕生日に−




《ブログ・イメージについて》

トップに載せているブログ・イメージ(画像)についての想いと詳細解説を著した過去記事です(更新日付は何れも2010年4月19日)。

☆INVITATION TO WJJ
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☆新ブログ・イメージ(画像)の細部/1
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☆新ブログ・イメージ(画像)の細部/2
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☆新ブログ・イメージ(画像)の細部/3
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《「途夢○待人」の3サイト 〜この国の次代の情操と文化の為に〜》

途夢♪待人【ALL THAT JAZZ】(ジャズ&ワイン&BAR。2000年1月14日〜)
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=wjj

途夢☆待人【ワン・フロム・ザ・ハート】(日記+映画。2000年1月17日〜)
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=ofth

途夢★待人【銀幕に想いを…】(映画日記等。2001年1月1日〜)
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=yumex


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途夢b待人
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“女神の街”に80年代初から心寄せ続ける男の、「WJJ」(WINE,JAZZ,&自由が丘)興趣の随想録。
明日(次代)の風情&情感+感応(眩耀)に期して。
[2007.2.20-2011.5.17]
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