途夢風情感

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自由が丘BAR夜話 2011

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自由が丘BAR夜話 2011

復帰後初の体力と知力と(他者に対する)好奇心を要する仕事を無事果たせたこともあり、久々に自由が丘のBAR廻りをした。

まずは、サンセットアレイの老舗BARへ。
このブログでも何度も登場してきた、自由が丘のBARの中でも一番の贔屓の店だが、おそらく昨年9月の上旬か中旬以来だと思うから、4ヶ月ぶりか。
自由が丘でジャズをBGMに酒を静かに飲みたいなぁ、と思った時、ここなら間違いない。
いつも通りに自由が丘有線から流れる、古き佳き時代のジャズ・ヴォーカル。私にとっては各々思い入れあるスタンダードの名曲に浸りながら、声の主の名を考えてみる。
“YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS”は誰の歌声か判らなかったけれども、続く“EVERYTIME WE SAY GOODBYE”はジェリ・サザーンの声だとすぐに判った。フィルム・ノワールのファム・ファタールを彷彿とするような、洗練されたハスキー・ヴォイス。
ジョニー・ハートマンの包み込むようなバリトン・ヴォイスが続いた。
1杯目の生ビールはあっという間に空けた。
今年に入ってから自宅で缶ビールを飲むことはあったが、外で生ビールはいつ以来か。誰かと飲みに行き、「取り敢えず…」なんてことも久しくなかったので、記憶を辿っても思い当たらない。
カウンターの並びにいた先客の女性が、ピッコロ・サイズのカヴァ(スペインのスパークリング・ワイン)を美味しそうに飲んでいたので、私もハーフ・ボトルで頼んだ。
生ビールの時に注文した肉汁たっぷりのソーセージとも合った。
暫くすると、オフだからお逢いすることはあるまいと思っていた老マスターがスーツ姿で店に現れた。
いつも腰が低い素敵な紳士。
私も先客女性もスツールから降り、新年の御挨拶。
スーツ姿が珍しかったので尋ねると、駅前中央会(女神まつりで「Jazz Station」を開催している商店会)の新年会だったとのこと。
おめでたい席の帰りということもあって、新年二日に89歳の誕生日を迎えられた老マスターの表情も明るい。
御自分の専用マグカップでコーヒーを飲みながら、暫くお付き合いして下さった。
「今年の世の中は良い年になるよ。何故なら、ずっと天気が佳いから!」と朗らかに我々に語る大正生まれの日本人男性。
個人主義にひた走る平成生まれの青年達にもこのような想いや朗らかさがあればなぁ、とふと思う。
老マスターと私の間に腰掛けた女性が(私とは)二ヶ月遅れの同い年。逆の隣に腰掛けた中年男性も(私よりは若いが)近い世代。
初対面同士で話が弾み(と言っても大人達だから騒がしくはならない)、今回の新成人が生まれた頃(バブル只中の1990年)の思い出やディスコ体験等を語り合った。我々よりは若い先客の女性も2本目のカヴァを注文(私の年齢を聞いて「若い!」と目を丸くされていた)。
カウンター内のマスターS氏もこの雰囲気が嬉しいらしく、客各々に小皿でチーズや鴨肉の燻製をサービスして下さる。
自由が丘有線のジャズ・ヴォーカルをいったん止めて、S氏が選んでくれたCDはセルジオ・メンデス(&ブラジル'66)のオムニバス盤。
誰もが知っている“マシュ・ケ・ナダ”を皮切りにゴキゲンなナンバーが続いた。40年以上経ても全く色褪せないサウンド&アレンジ・センス。
その場にいた皆で語ったことでもあるが、昭和に限らず、20年前にしても、セルジオ・メンデス・サウンドに通じるような底抜けの明るさと華やかさ、それに哀感もエッセンスに添えられた「青春」の姿がその時代(青年達)にはあったはずなのだが、今日の若い方は皆一様に俯き、「道具」を媒介とする人間関係と個人主義に傾倒する。こういう場で大人達が語らっていたとしても、一人、携帯電話の画面を見ていたりする(この夜、我々は誰もカウンター上に携帯電話を置いたり、あからさまにその画面を見る行為はなかった。カウンターの下でさりげなく、瞬時に。それが社会における本来の大人の姿なのではないかと私は思うのだけど)。
私も杯がすすみ、アイラのスコッチを2種、ロックで味わった。
いつもよりは長居してしまったが、楽しい時間だった。

気分が良かったので、ラスティ・ネイルを味わう為に、自由が丘のBARへもう一軒流れることにした。
向かったのは、やはり自由が丘を代表する老舗であるオーセンティックなBAR『LAYLA(レイラ)』。
このとっても素敵なたたずまいのBARについては、何度か話題にしてきた。
何か大きな仕事を成し遂げた時で、この店の醸し出す雰囲気に似つかわしいコーディネートを携えている際に、2年に一度くらいの感覚で、独りで利用してきた。
何年か前、他の街で各々店主を務める二人のバーテンダーをお誘いし、貴重なオフにもかかわらず、自由が丘のBAR廻りにお付き合い願ったことがある。私は言わば水先案内人という訳だが、私を真ん中にして、3人でこの『LAYLA』のカウンターに並び、静かに微笑んで各々の好きな一杯を味わっていた時間の至福が忘れられない。変わらぬ友情を誓い合ったのだが、一人は後輩バーテンダーに店をバトンタッチし、我々の前から去って行ってしまった。
地上のドアを開けると、地下の店内に続く木製の階段。歩を進めて行く程に店内全体の造りが拡がり、天井は高くなっていく。
バーテンダーやバックバーと相対するカウンターは、スーツ姿の一人客や女性連れの紳士等で一杯だった。バーテンダーに背を向ける別枠のカウンターや卓席は空いていたが、やはり、広く長いカウンターの一席に腰掛けて、モダン・ジャズをBGMに、至福の時間を味わいたかった。
私の想いを表情で解した、階段下で迎えてくれたバーマンの第一声は「申し訳ありません」だった。
「また、日を改めて訪れます」と笑顔で応えていた。
自由が丘のBARで最も大人(≠「オトナ」)の雰囲気を香らせる『LAYLA』。そのカウンターが大人達により埋まっている光景が、この街のBAR文化をこよなく愛する身には何よりも嬉しく、そして、有り難かった。カウンターで思い思いの一杯を飲っている大人達に心から敬意を表したい。

ラスティ・ネイルを飲みに、年末30日にも足を運んだ、一番街(L字が丘)の馴染みBARへ。
先客の女性連れの男性に見覚えがあると思ったら、一昨年だったか、閉店まで30分余の遅い時間に慌ただしく利用したイタリアン『La galleria“Bianchi”(ビアンキ)』(自由通りとヒルサイドストリートが交錯する踏切の傍)のオーナー・シェフだった。
もう一人、顔馴染みの品の良い年配も現れ、楽しい時間を穏やかに過ごす。
ラスティ・ネイルは、いつものハウス・ウイスキー(リズモア)の他に、ドランブイと同じスカイ島のシングル・モルト、タリスカーででも味わった(先日、購入したので、この組合せは自宅でも楽しめるのだけど)。
帰ろうとした頃に、同じ一番街の老舗和食店の主も現れて、新年の挨拶の後、暫く談笑。
いつものように、店主K氏に見送られて、零時半過ぎに店を出た。

飲み始めが早い時間(20時半前)だったから、杯もすすみ、各々長居してしまったが、やはり、BARで味わう一杯は格別の旨さがある。
多分、同じ時間を共有している人間同士が向き合っている時空だからなんだろう。
BARのドアを開けて、カウンターに腰掛けたら、ただ穏やかに時間を共有する。
大人の飲み方はかく在りたいものだと思う。


今朝は6時台には目が覚め、ホット・サンドを朝食にした後、ホット・ドリンク数杯と共に、ライティング・デスクに向かい続けていた。
気がつけば、昼食を忘れる程に集中していた。
遅過ぎの感の昼食を自宅でしっかりととってから、新たな仕事に向かおうと思う。
[14時過ぎ現在]


写真は、昨夜、2時間程過ごした一軒目のBARをサンセットアレイから見上げて撮ったもの。
天井にも文字が映っている店名(赤文字)の下には、「1971」の文字。
1971年6月のオープンだから、1971年6月1日にあの『17才』でデビューしたシンシア(南沙織)と同じ時を重ねてきた訳である。
共に40周年。
月の女神と、(1911年に小説化が為された英国童話の)愛らしい妖精の名を冠した自由が丘の小さなBARとをこよなく愛する私にとっては喜ばしいアニヴァーサリー・イヤーでもある。


自由が丘人
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途夢b待人
プロフィール公開中 プロフィール
“女神の街”に80年代初から心寄せ続ける男の、「WJJ」(WINE,JAZZ,&自由が丘)興趣の随想録。
明日(次代)の風情&情感+感応(眩耀)に期して。
[2007.2.20-2011.5.17]
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